ある日の俺

アタマのモヤモヤを吐き出すブログ

中学生が書いた記事?

一瞬ネタなのかと思ったが、中学生が書いている記事らしい。

note.mu

文部科学省に指定された全国で3校の特別な取り組みなんだそう。

これ、どこの学校なんだろう。

ごく普通の中学校生活しか送ったことのない自分からすると、面白い取り組みだなと思う。

中学生らしい青臭い感じはするけど。

ブログチャレンジLv10に到達

ブログ書き始めて10日目。

ブログチャレンジLv10まで到達した。 こういうゲーミフィケーションは面白い。

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しかし、あとは難易度がたかそうなものばかりなので、なかなか大変そう。

とりあえず、息を吐くようにブログが書けるようになるまでは、毎日何かしら書くと決意した。

今日は書くことが思い浮かばないのだが

無理矢理でも書く。

しばらくはコンスタントに書き続けないと、止めてしまいそうで。

今日は考えることに時間を費やそうと行動していたが、ついつい余計なことに時間を使ってしまい、あまり効果的に使えなかった。

明日はもっと時間を上手く使おう。

『自分のアタマで考えよう』読んだまとめ

ちきりんこと、伊賀泰代氏の著書『自分のアタマで考えよう 知識にだまされない思考の技術』をざっくり読んだのでまとめ(あくまで、自分用のメモ)。

本の概要としては、自分で考えるとはどういうことか?どうすれば自分で考えられるのか?が書かれている本だ。平易なロジカルシンキング本といった印象。

本のタイトルにもなっている「自分のアタマで考え」るとは、どういうことか?

知識(知る)=他人が出した答え、思考(考える)=自分が出した答え。考える=決める。つまり、自分で決めること。知識という固定観念に囚われず、物事の両面を見て自分で決めることが重要。

こういった考えを軸に、自分で考えるための方法が1〜9章で紹介されている。この辺りは、他のロジカルシンキング本の方が詳しい。

なぜ自分で考えることが必要か?

自分で考えることができないと、

  • 物事を自分で決められない。翻せば、他人に決められてしまう。
  • 物事を正しく、深く理解できない。そして、そこから学ぶことができない。
  • 可能性に気付けず、選択肢も狭まる。

という感じだろうか。

この本を読んで共感したのは、思考を言語化すること。言語化の重要性は感じていて、今もこうしてブログを書いている。書くことは習慣化できているので、次は視覚化を習慣化したい。

あと耳が痛いと感じたのは、考える力をつけるためには考える時間を増やすしかない、ということ。気をつけないと作業に没頭してしまう。考える時間は少しずつ増やしていこう。

他には、独自の軸を設定した表で事実情報を整理する「思考の棚」というメタファーはわりとイメージしやすい。要は構造化。情報が無くて空白になっている部分を穴埋めしていく感じ情報収集もしやすい。考えることも「備えあれば憂いなし」だ。

手に入る可能性がある情報と、そこから何が言えるか?の組み合わせを作るという話も出てきたが、これは仮説を持つということだろう。

読んでいて結構分かりやすいと本だった。もしかすると、自分の理解力が上がったのかもしれないが。

自分のアタマで考えよう

自分のアタマで考えよう

Twitterのブックマーク機能が使えるようになっていた

これは知らなかった。

http://jp.techcrunch.com/2017/11/24/2017-11-23-twitter-is-testing-bookmarks-a-feature-to-privately-flag-tweets-for-later/

いつものように、Twitterアプリを起動すると、見慣れないアイコンを発見。どうやら、テスト対象に選ばれたらしい。

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後で読みたいツイートを保存しておくことができる機能のようだ。

個人的には、うーん。いまいち。ブックマークしたツイートを個別に削除できない。

また最近、IFTTT(イフト)を使って、ツイートを「いいね」すると自動的にPocketに保存するようにしている。それに比べると見劣りしてしまうな、という印象。

ただし、フォロワーのタイムラインに「いいね」したことが表示されないっぽい。普段、ブックマーク的にお気に入り機能を使っているので、そこはメリットなのかも。

少しだけインプットとアウトプットのバランスが改善されたかもしれない

ブログを書き始めて6日目。少しだけインプットとアウトプットのバランスがとれてきたような気がしている。

今までは、とにかく色々な知識を増やそうと、本を読んだり、ウェブ上の記事を読むことばかりになっていた。

確かが知識は増えると、興味の範囲も広がるし、分かることが増えるので楽しい。だけど、停滞感を感じていた。

最近はブログを書くことで頭にあるものを無理矢理、外へ出すようにしている。

書き始めた頃は脳みそが擦り切れるような感じで辛かった。あれだけ本を読んだのに、自分の中に何も残っていないのだなと、がっかり。

それでも書き続けると、頭の中の余計なものがなくなり、新しいもの吸収しやすくなった感じがする。

人に話すとか、書くことが大事というのはよく聞く話だが、肌感覚としてアウトプット大事だなと痛感している。

『観察の練習』を読んだ

最近、アイデアとか発想法に関心があるので、Twitterのタイムラインで知った『観察の練習』という本を読んでみた。

ビニールでパッケージされてて試し読みできないタイプの本だったのだが、タイトルに惹かれて思い切って購入。

で、読んでみたが、期待通りではなかった。

タイトルからノウハウ本を想像していたけど、そうではなくて、著者が日々行なっている観察の事例が淡々と紹介するスタイルだった。

正直がっかり感はあったが、身近なものから、あそこまで考えを膨らませることができることに驚いた。

著者によれば、特別な才能は要らないというけれど、これを続けられるのも才能なのではと思ってしまう。

観察の練習

観察の練習

そういえば、今日でブログ始めて5日目。何とか続いているが、記事のクオリティの低さに驚きを隠せない。